実践レポート

看護学校福島フィールドワーク

~お金なんかいらないから、今までの生活を返して!!~
18期生地域フィールド(福島)の学びの報告

1.はじめに

勤医会東葛看護専門学校では、日本国憲法と(旧)教育基本法を教育理念に置き、平和で豊かな社会建設の形成者として貢献できる民主的で人間性豊かな看護の専門家の養成を目指している。
地域フィールドは、「地域社会の実態をフィールドワークをとおして学び、国民の命・健康・生活・労働を護る医療・看護の役割を学ぶ」ことを目的に行っている。「患者さんの生活や労働実態を知らずには、健康を害した原因が見えてこない」「正確な病態の理解なしには患者さん本当の辛さをわかることはできない」と考え、労働現場や福島の現地へ行ってありのままの事実から学ぶことを大事にし、開校以来取り組んでいるカリキュラムである。
 本校の教育活動を共同事業として取り組んでいる東京民医連のフィールドを中心に、企業・町工場で働く労働者、自営業者、医療労働者、アスベスト問題や基地問題・原発問題で被害を受け闘っている人々に密着し、労働体験やフィールドワークを通して学びを深めてきた。様々な背景をもって入学してきた学生達にとって、密着して自分の知らない世界を体験し見聞きすることで、病院から地域社会に視野を広げ、医療実践は病院の中だけではないことを学び成長していく。

2.福島フィールドでの学び

 事前学習では、肥田舜太郎医師の被爆体験と被ばく医療の話を平和グループとともに聞き、長野県松本市長でチェルノブイリ事故後の医療支援をしている菅谷昭医師の講演会に参加し学んだ。
フィールドでは福島県いわき市を訪問。浜通り医療生協の伊東理事長の案内で被災地を見学。津波の被害とともに原発の被害によって復興が進んでいない実態とたくさんの人達が~元の生活を返せ!~のスローガンのもと国や東京電力と闘っている事実を学んだ。その後仮設住宅に初めて宿泊し被災者の方から直接話を聞いた。泊めていただいて共に時間を過ごす中で被災者の切実な思いを聞くことができた。
仮設住宅で暮らすAさんは、楢葉町から避難。避難先で病院に受診した際、出身が楢葉町とわかると防護服を着た職員に放射線量を調べられた。病原菌みたいな扱いをされて嫌だった。「見えない放射能が怖いのはわかる」「今思えばしょうがないと思うけど」と話された。また、BさんはNHKの取材に「政府が収束したと言ったら収束なのか?ここにいるひとたちが収束したかどうかを知っている。誰だって故郷に帰りたいけど、危険な場所には帰りたくないと思っている」と答えたが正しく報道されなかったと話された。話をしてくださった方々に共通していたのは、「お金なんていらないから3.11以前の生活を返してほしい」ということだった。学生達は、テレビで見ていた光景が実際に目の前に広がっていることに驚き、国や東京電力の賠償額によって二重三重に分断される地域の人々の思いを知った。福島から学校に戻った学生達は原子力とは何か、なぜ日本で原子力政策が推進されたのか、日本のエネルギー政策の研究を進めた。考察の中で「日米安保条約を土台にアメリカと日本が原子力平和利用宣言と政策を行い、政治家や経団連がさらなる富を求め、被爆国であり地震大国である日本に原発ができた。原子力を置くに当たっては地域を選定し、原発なくしては生活ができない状況を意図的に作りだし、結果として日本全国に58基もの原発ができてしまった。日本に核を置けるように行った事実は、日本が長年守り続けてきた日本国憲法の理念を侵しているのではないか。基本的人権の尊重は誰もが等しく平等にあたえられるべきであり、それが平和の第一条件である。基本的人権とは当たり前の生活ができることであり、福島の人達は今までの当たり前の生活を地震によって崩され、原発事故によって奪われた。その悲痛な思いは平和とは程遠いところにあり、アメリカが言っていた原子力平和利用は完全に矛盾している。今生きている命、子どもの代、孫の代まで永遠と放射能の影響は続く。ここに放射能の恐ろしさがある。原発がすべて止まっている現在を考えると日本は原子力に頼らなくても生活ができるということ。今後は再生エネルギーを推進し様々なエネルギーを組み合わせることが今すべきことであると学んだ」とまとめ、最後に「私達の平和な未来は、私達ひとりひとりの意思による行動でしか得ることができない。平和な未来をつくるということは、次の世代にすべての命が生きることのできる地球環境を保障するということである。核といのちは共存できない。命を護る看護師として今後も考え行動していきたい」と結んでいる。