実践レポート

全国教育研究集会2013年

みんなで21世紀の未来をひらく教育のつどい
教育研究全国集会 2013 in愛知

平和と国際連帯の教育
「日本国憲法と平和と医療を学ぶ研修旅行」
~「かわいそう、ひどいでは終わらせてはならない」研修旅行の学び~

はじめに

 本校は、1995年4月に千葉県流山市に開校した、看護師養成の専門学校です。
設立の趣意は「首都圏に民医連の看護学校を」「職業教育をとおしながら日本国憲法と教育基本法(1947)の精神が生きる教育を」です。2003年には【1995年創立時、学校は「憲法と旧教育基本法」をあらゆる教育活動の土台に据えることを宣言した。その初心は不変である。無数の生命を奪った戦争への深い反省と人間として生きる権利の深い反省なしに、医療も看護も、そして教育も成り立たない。私たちの学校は看護に不可欠なたしかな知識・技術を身に着け、愛にみちた心豊かな看護師を育てる。それとともに平和や人間が輝く社会への熱い情熱と社会に向けた広い視野をもった人間を育てる】と教育宣言を発表しました。
 開校以来、「日本国憲法と平和と医療」をテーマに「研修旅行」に取組んでいます。
また「薬害エイズの闘い」への参加を期に発足した平和ゼミナール(学生の平和サークル)と共闘して、毎年原水禁世界大会への参加、原発即時ゼロへの取り組みを行っています。 
開校以来実施している「研修旅行」の取り組みを中心に振り返り、実践報告と今後の発展にむけて振り返りの機会としたいと思います。

1.東葛看護学校の学びとは

1)カリキュラム編成の特徴

1年時:「事実をありのままに捉え、科学的看護実践」の土台作り

  • ・基礎分野(化学・物理・数学・生物学等人間を科学的に捉える基礎つくり、解剖学・生理学・病態学・看護学)
  • ・基礎看護学実習(患者さんのありのままに学ぶ実習。患者さんの病態、生活史・闘病史、医療要求・願いを捉えていき、看護の基礎を構築する実習)

2年時:「生命の尊厳と対等平等性・人間に本来備わっている健康に生きる力を学び、医療・看護によって患者の自然治癒力にあきらめずに働きかける看護の実践。患者さんを生活と労働の場で広く社会の生活者として捉えていく学び。」

  • ・生命活動(ビックバンから150億年の歴史を紐解きながら、人間がこの世に存在するに至った歴史と、人間の巧みな健康に生きる営みを学ぶ)
  • ・各論実習(産婦人科・小児科・外科・精神科実習)
  • ・地域フィールド(労働者に3日間密着して労働体験を主に行い、労働とは何か、また生活と労働しながら健康に生きるとは何か、社会の実態を学び、矛盾とあるべき姿について考える)

3年時:「基本的人権の擁護の立場に立つ看護師として育つ」

  • ・老年実習、在宅看護論実習(高齢者・在宅療養の患者さんの実態から社会保障制度の現状とあるべき姿について学ぶ、社会保障ゼミナール)
  • ・ハンセン病の歴史と学び、栗生楽泉園の見学研修
  • ・「日本国憲法と平和と医療」の研修旅行
  • ・総合実習(3年間の集大成の実習。患者さんから学びきり、どのような医療者を目指すのか、卒業論文を作成し発表する)
  • ・看護師国家試験

2)学生自治会が運営する学生サークル「平和ゼミナール」2012年の取り組み

① 募金活動と被災者支援

 2011年3月12日、1人の学生(3年生)が「被災地の映像を見ているが、いてもたってもいられない。自分たちに何かできることをしたい」と連絡がしてきました。まだまだ余震も続き時折大きな揺れも続いている中、2人の学生が学校に集まってきました。「今できることをすぐにでもしたい・・・」何ができるのかを相談し、翌3月14日から14日間4月の始業直前まで全7回の募金活動が行われました。
 また市内に避難している被災地の方がいることを知りました。行政として十分な応援が出来ていないことも知り、避難所訪問をしました。地域の支援者の働きかけで十分な暖も取れない状態は少し改善し、温かい食事の保障活動に学生も加わりました。そして看護学生らしく、授業で習った「リラクゼーション」の技術を駆使してマッサージや足浴、子供達の遊び相手や学習支援を始業前日まで行いました。勉強道具を一切失った子の「勉強したい」という声から、全校学生に訴えて教科書と文具を集める取組も行いました。

 この取組は当時3年生に在籍する「平和ゼミナール」メンバーに1人の声から始まった活動でしたが、学年を超え約30人近い学生がこの活動に賛同して自主的に参加していきました。

 自治会活動として報告を聞いた同級生として下級生たちが、その後長期休暇になると「被災地ボランティア」という形でその活動を継続し、「他の学生たちにも被災地の実態を伝えたい」と要望があり、ボランティア活動報告会を開催し全学生で学んでいきました。
1人の学生の報告レポートを以下に紹介します。
【私はこの学校に入学してすぐは、被災地のことや原発のことには正直あまり興味はなく、震災のこともただ漠然と大変な事になっているのだとしか感じていませんでした。しかし、この1年で被災地の現状や原発事故による放射線被害などについてたくさんのことを学び、一度自分の足で被災地に行ってみたいと思い今回の支援に参加しました。
地元の漁師さんが言うには私たちが支援にいった漁港で働いている漁師さんは、ほとんど全員が津波で家が流されて、漁港に建てられた仮設住宅で生活しているとのことでした。1年たってやっと安定して仕事が出来るようにはなったが、風評被害から漁師の仕事ではとても食べていけないとも言っていました。表情こそ穏やかに話していましたが、漁師さんの言葉に込められた怒りや悔しさは計り知れないもので、私は返すことばが思いつかず、ただ話を聞くことしかできませんでした。放射能汚染による風量被害などは、私たちボランティアの力ではどうすることもできないような大きな問題で、被災者が一番求めているのは、そんな環境でも生きていく事ができることの保障なのだと感じました。(2012年3月31日)】

以降、「平和ゼミナール」の活動に【被災地支援】を上げて取り組んできました。

②原水禁世界大会への参加(学生8名)

開校以来毎年学生と教職員で参加している「原水禁世界大会」。2012年度は、被災地支援に参加した学生が「震災による原発事故で放射能汚染が東北や関東などの広い範囲に及んでしまったことや、その風評被害によりたくさんの人々が苦しんでいる現状を知り、広島・長崎の原爆投下の歴史を学び核廃絶のために私たちが出来ることは何かを学びたい」と参加しました。
原水禁参加にあたっては、7月の終業式で壮行会を開催します。参加費や活動費は全学生そして他団体への訴えでご協力いただいたカンパ金です。全学生の前で決意表明を行います。また、始業では「平和学習」として全校学習会と位置付けて「原水禁報告と学習」を開催します。
参加した1人の学生のレポートを紹介します。
【放射性物質は同心円状ではなく風向きなどによって大きく影響され、様々な方角に不規則に広がっていくという事は、福島原発事故後問題となっているホットスポットによって明らかになっています。皮肉にも原発事故によって明らかになったこの事実を認めたうえで、国は一向に黒い雨の降った範囲を修正しようとはしません。また内部被曝についてはいっさい認められておらず、国から受け入れさせる援助は外部被曝によるものだけです。こんなにも重大な事から目をそらすのは、被曝した方々の人権を無視することそのものだと思います。国は事実を認め、相当の対処をすべきだと強く感じます。 br
人類史上最悪の出来事の1つといわれている原爆投下。今回原水禁に参加し、全国や世界からの参加者や被爆者の方々の話を聞いて、絶対に繰り返してはいけないこと 
だということを改めて実感しました。核廃絶は恒久平和実現のための絶対条件と思いました。】

③「NO NUKES FROM 流山」を結成

 ホットスポットである東葛地域で、首相官邸前までは遠くて参加できないが「原発即時NO」の声を上げたいという地域の方の提案で、2012年12月に流山から「原発即時NO」を発信したいという思いを込めて命名し、地域住民とともに運動を始めました。
 被災地へ行き、そして原水爆世界大会に参加した学生は「学んでおかしいと思ったからには、声を出していきたい!」と、デモ行進やスタンディングアクションを2か月ごとに行っています。平和ゼミナールの学生を中心に、福島の原発フィールドに参加した学生が「福島の方は今も原発の被害に苦しんでいます」と訴えたり、研修旅行や総合実習で患者さんの人権が守られていないことを学び、初めてのデモに参加する学生もいました。

3)患者さんの生活史から知る看護実践

 「患者さんのありのままの事実から学ぶ」とは、患者さんの生きてきた歴史を患者さんから教えていただくことから始まります。

 1年生の基礎実習から3年間ずべての実習においてあ大事にしていることです。
 患者さんの生きてきた歴史には、戦争体験をされている高齢者も少なくはなく、学生たちは、患者さんから戦争の生の体験を聞かせて頂きます。
 1人の学生の卒業論文の一部をご紹介します。

【外科実習で受け持った患者さんに、戦争の体験を話していただいた。日本の歴史について無知であることからその人が生きた歴史を理解することが出来ず心から労をねぎらう事が出来なかった。相手を知りたいと思っても、無知ではできない。
研修旅行で、今現在も被曝の傷が身体だけでなく心にも残っていることを学んだ。
今回受け持ったAさんも同じで、小さいころの体験を今でも昨日のことのように覚えており、「あそこの電柱くらいまでB29が飛んでいたんだ」と鮮明に覚えていた。そのAさんは8年間に5回も命と隣り合わせの手術を繰り返し、創感染がいつ全身に広がってもおかしくない。Aさんは治らないかもしれない、歩けないかもしれないと思っていても、それでもあきらめずリハビリに励み、押し車を使って歩けるようになりたいと、今を頑張り現実を受け入れ生きている。感動した。
地域フィールド・研修旅行に学んだ “患者さんの生きた証や歴史”少しでも理解することを忘れずに学び続ける看護師でありたい。】

2.「日本国憲法と平和と医療」の研修旅行

1)研修旅行にむけての学習と討議

 学校では原水禁世界大会の報告会や被災地ボランティアを、全校の学習として取りくみながら、「戦争体験の聞き取り」を行い、身近な人の体験を聞きまとめ、クラス全員で交流しあいます。
 また、3年時の夏には「人権」学習の一環として栗生楽泉園(ハンセン病療養所)の見学研修を行っています。
 学びの一旦を学生のレポートで紹介します。

【ただただ胸が詰まる思いで一杯だった。谺さんのお話しを聞いて、自分たちの知識のなさに恥ずかしくなり、また国に対して怒りや憤りを感じました。「皆さんに力をかしてもらいたい。人権とは何か、それを侵しても、侵されてはならないもの、生きている証です。今は過ちを一つひとつ正していかなければならない。」言葉一つひとつが胸にずしんときた。谺さんは私たちを「未来だ!」といってくれたように、私たちはこれから生きていく中で、間違っていることは間違っているといい、二度とひどい差別や戦争が起こらないようにしなくてはならない。そのために私たちは過去を学ぶ必要があるとわかった。谺さんは「皆さんは私の未来です。無限の可能性をもっている。今日は未来が並んで話を聞いてくれてうれしい」「私たちはハンセン病患者が生きてきてよかったと生きる意味を見つけ出したい」と語ってくれた。
看護師になるにあたって、その思いを深く胸に刻み、人権について考えたい。】

 3年生の秋に取り組む「研修旅行」は、人間の尊厳と生命に直接関わる医療従事者に育つうえで、人権を全面的に抹殺する戦争と平和の意味を考え、人権と民主主議を学ぶことを目標に取り組みます。
 開校以来の数年間は、研修旅行の取り組みほど「やらされ感」の強いものはありませんでした。「なぜ看護学校で戦争のことを勉強しなくてはいけないの?」「楽しい旅行だけではだめなの?」「研修旅行よりも国家試験の勉強をしてほしい」など多様な意見が出てきます。しかし研修旅行委員会を立ち上げ、学習テーマに戻し粘り強くクラスで話し合いを深め、何を学びたいのか、どこに行きたいのかを時間をかけて討議していきます。研修旅行先は、学生自身が民主的に決定していきます。そして事前学習を丁寧に応援していきます。
過去の研修先は、中国・韓国・ベトナム・サイパンテニアン・沖縄・広島・九州等です。

2)事前学習の取り組み

事前学習のテーマは、学習の軸になるテーマのほか、研修先によって現地に直接関わる学習テーマを含めて決め、3~4か月間他の学びと平行しながら取り組んで行きます。

2007年度の取り組みを紹介します。

研修先「沖縄」

  1. 1)日本国憲法 憲法9条
  2. 2)日米安全保障条約と基地問題
  3. 3)15年戦争 沖縄戦
  4. 4)戦前・戦後の教育
  5. 5)沖縄の歴史と文化

事前学習が始まると、戦争の歴史から、日本のアジア侵略の事実、沖縄戦の悲劇はなぜおきたのかなど、何でいままで教えられてこなかったのかを考えます。そしてまた日本が同じ過ちを繰り返そうとしている現実に愕然とします。
歴史、現実の矛盾に憤りながら、現地で生の声を聞き学んで来ようと、事前学習を発表し確認しあい、研修旅行に出発します。

 研修の具体的な内容や工程は、旅行会社と研修旅行委員会と教員が一体となってつくり上げていきます。クラスでの討議を重ね、準備を進めていきます。研修旅行委員も手さぐりの状態であるが、学習を積み重ね、研修計画をつくる中で逞しく成長し、旅行先での学びの牽引者になっていきます。
 また、研修は「重たいテーマであるため、5日間の研修の中に必ず「遊び」を入れています。平和であるから「楽しく遊ぶ事ができる」にもつながります。

2007年度の沖縄研修旅行は、

  1. 1日目:南部戦跡見学  ひめゆりの塔、平和祈念公園、糸数の壕
  2. 2日目:中部基地見学  嘉数高台、砂浜地区、嘉手納基地、読谷軍事施設、キャンプハンセン、辺野古漁港、万座毛
  3. 3日目:石垣島     川平湾、八重山平和祈念館、白水避難所、平喜名の壕
  4. 4日目:自由行動
  5. 5日目:自由行動から帰路

3)学びの実際(学生レポート:「考察」参照)

4)学びのまとめは、在校生・教職員全員が参加する「研修旅行ゼミナール」でレポ-トと映像などを取り入れながら発表し、皆で学び合います。

3.まとめ

 教育目標を具現化するための学校のモットーは「学生が主人公」です。
 学校におけるすべての教育活動は、学生のためにあるを大事に取り組んできました。
1947教育基本法 第2条「教育の方針」には、教育の目的は、あらゆる機会に、あらゆる場所において実現されなければならない。この目的を達成するためには、学問の自由を尊重し、実際生活に即し、自発的精神を養い、自他の敬愛と協力によって、文化の創造と発展に貢献するように努めなくてはならないと記されています。
まさに、本校の学びは、順位や競争から解放された「自由な学び」であり、グループワークやゼミナールをとおして、学生が仲間とともに学びに挑み、学ぶ楽しさ喜びを体験していきます。
歴史を紐解き、その時代に何があったのかを学ぶ膨大な学習は、到底一人ではできません。学生たちにとって、今ままでの「歴史」の勉強は「テストのために年号を覚える」もので、そこにある「事実」を学ぶ機会に恵まれなかったのが実態です。学生のレポートにあるように「私たちは5日間で研修を終えたら帰ることが出来るが、基地のなかで生活する沖縄の方々にとっては生活の場であり365日危険の中で生活している。その思いを考えると憤らずにはいられない」とあります。
今の実態を知るには、歴史を知る必要があり、「知らないでは済まされない」事実を現地で聞き体験する中で、一気に自己の中にある平和への意識が転換していきます。
 事前学習が現地での学習とつながり「歴史認識」が転換し、「やらされ感」が「歴史を学ぶことが大事」「平和がなくては命を護る医療はない」「かわいそう、ひどいでは終わらせてはならない」と成長していくのです。
 改めてこの研修旅行の意義を確認し、日本の宝である憲法9条を護り、命の担い手である医療者として、平和な社会の形成者として成長することが何よりも大事であると確認します。どの命も大事、命に勝るものはないことを学生と共に実感し、本校の平和教育をこれからも追求し発展させていきたいと思います。